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マークChapelmate

活水女子大学では、授業期間中、火曜日と木曜日に「朝の礼拝」を行っており、心洗われるひと時をもって一日を始めることができます。 15分間という短い時間ですが、オルガンに導かれて讃美歌を歌い、聖書のことばに触れ、メッセージを聴きます。メッセージは、宗教センターが年に5回発行している「Chapelmate(チャペルメイト)」に掲載されています。
このページでは「Chapelmate」の中から、朝の礼拝と「魂譲(たまゆず)り」の言葉をご紹介します。

「魂譲(たまゆず)り」についてはこちら▶
2018 冬季号

-朝の礼拝から 1-

「神様のポケット」―渡辺和子さんのことばより―

(コリントの信徒への手紙Ⅱ 13 章12 節)

 「私は『神様のポケット』という自分で創作した言葉が好きです。他人にあいさつしても、ほほ笑みかけても、相手が返してくれない時があり、損した気分になることもあります。そんな時、『私のほほ笑みは無駄になっていない。神様のポケットに入ったのだ』 と考え、例えば『被災地で寂しい思いをしている人にあげてください』と祈るのです。そうすると心が穏やかになります。そして私の祈りはきっと叶えられると信じて、幸せになるのです」(日経新聞コラム「『境遇の主人になる』ほほ笑みを忘れないで:渡辺和子さんに聞く」より)
 誰でも「挨拶は自分から進んでしましょう」と教わったと思います。ただ挨拶しても返してこない人、愛想のない人もいます。挨拶を返してもらえないと嫌な気持ちになりますね。そんな時、前述の渡辺和子さんのことばを思い出し、誰かのためにお祈りしてみてください。神様のポケットに入ってあなたの祈りや願いがどこかの誰かへ届けば、怒ったり、悲しくなることは少なくなると思いませんか。 また渡辺和子さんは著書『置かれた場所で咲きなさい』で「あいさつは、身分や立場とは無関係なのです。特にあいさつしてもらうことの少ない人たちにあいさつは、「あなたは、大切な人なのですよ」と伝える最良の手段であり、お互いが、お互いのおかげで生きていることを自覚し合う、かけがえのない機会なのです。」ともおっしゃっています。
 聖句「聖なる口づけによって互いに挨拶を交わしなさい」の口づけとは、外国の方がされる頬に口をつける挨拶や、古くからの礼拝順序の一つ「平和の口づけ」という部分で、会衆がお互いの平和を祈る挨拶を指していると言われ、後に握手や一礼、手を合わせることになったそうです。私たち日本人は挨拶としてハグをしたり、握手をする習慣がありません。だからせめて心を込めて挨拶を交わすようにしましょう。

山上 亜紀(総合企画室職員)

-朝の礼拝から 2-

わたしがあなたを選んだ

(ヨハネによる福音書15 章16~17 節)

 私はクリスチャンホームに生まれました。その関係で入らせてもらっているあるLINE のグループの1 つに、毎週聖書の言葉やメッセージが届くものがあります。普段の私は、正直に言ってしまえば申し訳ないと思いつつ、面倒だと思う気持ちが勝ってしまいまともに読むことも無く既読を付けて終わってしまいます。しかし、その日はなぜかちゃんと読まなければいけない気がしてトークの画面を開きました。そして出会ったのがこの聖書の言葉です。前にも読んだ記憶のある言葉だったのですが、読んだ時とても衝撃的で、心に響きました。というのも、この言葉が届いたのは入学して半年をむかえた頃だったのですが、私はすっかり自信をなくしていました。その時の私は自分の好きな音楽や吹奏楽をもっと勉強したい。そう思って地元を離れて長崎にやってきたけれど、周りには自分より上手い同級生や先輩方ばかり。まだ1年生でこれからだし、恵まれているじゃないか。と思う一方で、自分がその場にいることがひどく場違いに思えてならず、私に音楽はむいていない。このまま続けてはいけないのではないか。と落ち込み気味。そしてさらに人間関係でもなかなか上手くいかないことも出てきて、どうして自分はこんなに要領が悪いのか。とても悩んでいました。しかしそんな時にこの言葉を読んで、自分で選んだ道だと思っていたけれど、本当は神様が私をこの場所に導いてくださったのかもしれない。この言葉に出てくる「実」というのは、私が長崎や活水で、学ぶことや役割ではないか。そう思えてきました。今はまだ自分に自信をもつことは難しいし、上手くいくことより失敗してしまうことのほうが多い。けれど神様が選んでくださったこと、そしていつも私たちを導き、見守ってくださっていることだけは忘れずにいたいです。

高濱 宥樹(音楽学部1 年)

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