研究の背景

一人の人間の生活史を締め括る高齢期、慢性・虚弱化から終末期を取り囲む問題は非常に複雑です。21世紀の先進国医療システムに共通して見られるように、国民医療費の増大、高齢化、医療・介護労働力不足等の課題が山積しており、システムの大転換期を迎えています。日本も例外ではありません。日本の2005年以降の高齢化率(総人口に占める65歳以上人口)は、北欧・西欧諸国を大きく離して世界第一となりました。止まらない高齢化率は2022年9月には29.1%に至っています。世界に類を見ない高度の高齢、多死、少子、人口減少の国となった日本の動向を世界中が凝視しているといえます。年間死亡者の8割が病院で看取られる病院主体の現行医療制度の限界と、地域・在宅が「療養」「介護」「看護」「ケアリング」「看取り」の主たる受皿となる時代の分岐点になる現在、新しいケアシステム構築の必要性とその課題が指摘されています(大島 2007・2015、岡部 2008、前田 2008、成木2016、森川2016、河野 2021、宇田ら2021他)。

地域・在宅医療の充実には、在宅療養支援診療所等の整備と拡充、地域連携と訪問看護の充実や、ケアの担い手育成等の充実が不可欠です。そしてこのケアの重要な担い手は専門職だけでなく、家族介護者でもあると私たちは考えています。1997年の米国の報告では、家族介護の経済的価値は年間$196bilion($1bil.≒1000億円)、医療費の約18%に匹敵すると試算されました(Arno, Levine, Memmott, 1999)。更に2013年の米国では4000万人の家族介護者が37000億時間を成人患者ケアに費やし、その経済的価値は約$470 billion に上ると報告されています(Arno, Levine, Memmott, 1999; Reinhard, 2015; National Alliance for Caregiving,2015)。家族の介護力の価値が可視化されました。高齢・慢性状況及び終末期ケアの担い手である家族介護者は、病を抱えながら生活する人々にとって掛け替えの無い大切な家族であるだけでなく、重要なヘルスケア人的資源という見方もできます。ケアを受ける方だけでなく、家族介護者の心身の健康やQOL(生活の質)を支える日本型の家族プライマリケアの視点が不可欠になると予想しています。

1960年代以降、生から死までのライフイベントが病院と医療従事者に委ねられ、「療養」「介護」「看護」「ケアリング」「看取り」が一般の人々から遠ざけられた問題(黒田 2001、新村 1989、2001)と課題その課題(岩脇 2000、山崎 2008、岡部 2008、網野 2008)も意識しながら、地域や在宅での療養や看取りを可能とするために、いかに人々のレディネスと適応を支援できるかを考察しますが、その前提として個とその生活を取り囲む民族的かつローカル文化の文脈理解を基礎としたケア文化の探求が重要に前提になると考えています(岩脇 2000、池田 2001、岡部 2008、滝下 1999、福本 1999、山口2009・2016・2022他)。この研究課題は「療養」「介護」「看護」「ケアリング」「看取り」という誰もが経験するライフイベントには日本文化に特徴的で複雑な要素があると予想して、日本人特有のケア文化の可視化と介護者QOLの定量化を試みることから始まりました。

これまでの国内外のQOL研究の殆どはケアを受ける側に焦点があたり、ケアの重要な担い手である医療従事者以外の家族等インフォーマルな介護者の心身の健康やQOLに関する研究が不足しています。今後は家族等介護者が自身の健康とQOLを維持しながら、患者を支えることが病院や施設内だけでなく在宅・地域におけるケアの可能性と質の向上に影響すると考えています。